世の中がダンス一色に染まった時代があった。一色というのは大げさかもしれないが(絶対大げさですw)、たしかにダンス映画や音楽、はてはCM業界にまで侵食していたのは間違いない。
そして、その頃の僕達はみんなが踊らされたお馬鹿な子羊なのであった。
いまではダンス映画というと、僕の脳内ではバカ映画に変換されてしまう。そんなちょっとお馬鹿で素敵なダンス映画を紹介する。
サタデーナイトフィーバー
1987年アメリカで公開。主演はジョン・トラボルタ。
昼間はペンキ屋で働く青年、いわゆるブルーワーカーが夜のディスコでブイブイ言わせ、モテモテな俺サイコーを見せつけてくれた作品。
芋っぽい田舎顔をしたジョン・トラボルタを起用したのも、行き場のない青春のエネルギーを持て余したさえない若者にとって感情移入しやすかった。
まあ、俺だってモテモテになれるんじゃね?って感じで。
おかげで映画は大ヒット。ビージーズの音楽も大ヒット。ディスコブームが日本にもやってきたものでした。
ちなみにディスコの天井で回転するミラーボールが、まるで催眠装置に見えたのは気のせい?
翌年、二匹目のドジョウを狙ったダンス映画『グリース』を公開するも、大コケ。共演したオリビア・ニュートン・ジョンの歌だけが記憶に残った。勢いでサントラLPを買ったのは、いまでは良い思い出(ΦωΦ=)
ジョリーン、ジョリーン、ジョリーンはいまでもトラウマさ。
フラッシュダンス
1983年アメリカで公開。主演はジェニファー・ビールス。
この映画の主人公も昼間はどっかの工場、夜は酒場でダンスのバイト。まあ、底辺にいる人がダンスでサクセスする映画です。青春映画なんだけど、女権の拡張を唱えた格調高いテーマもあったりしたんだね。なんか余計な気もするが・・・
で、この映画も大ヒット、サウンドトラックも大ヒット。ダンス映画はダンスと音楽さえ良ければ大丈夫な法則がこの作品でも証明されたわけです。グリースは、あれだったが(笑)
当時、ラストのオーディションシーンであのダンスをマネた人が続出した。
危なくないから良い子もドンドンマネしても無問題!
ホワイトナイツ
1986年アメリカで公開
ミハイル・バリシニコフとグレゴリー・ハインズの異種ダンスの共演。亡命先で二人のダンサーが邂逅。だからそれがどうしたんだ?という映画。グレゴリー・ハインズのタップはかっこ良かったなあ。内容は・・・忘れた。
オロナミンCとエアロビクス~1982年
あのオロナミンCまでがエアロビクスをテーマにしたCMを作ってしまった。
ぶっちゃけエアロビクス後にオロナミンCの小瓶の量じゃ全然足りない。脱水症になっちまうぜ。
なぜ、ポカリスエットにしなかったのか?疑問は尽きない。
















